悟りの体験(2026.07.22)

2026年7月22日

サハスラナマ ホーマに参加した後に、私が体験させていただいているムクティ ステイト(悟りの状態)についてシェアさせていただきたいと思います。

私がどんなことをしていようと、 ー 座っていようと、立っていようと、歩いていようと、話していようと、あるいは眠っていようとも、ただシュリ パラムジョッティ アンマ バガヴァンのナマ ジャパ(聖なる御名を繰り返しお唱えすること)が起こっています。ただアンマ バガヴァンの御名を耳にするだけで、私は瞬時にアーナンダの状態へと誘われます。お唱えしたいと感じた時には、その御名があまりにも純粋で神聖なので、まず自分の口を清めてからお唱えしなければと感じます。

彼らのプレゼンス(存在)はあまりにも強く、あまりにもパワフルなので、自然と目から涙がこぼれてきます。シュリ パラムジョッティ アンマ バガヴァンが人類に抱く愛と慈悲、そしてあらゆる存在にムクティ(悟り)を授けたいという切なる願いは、言葉では言い表せないほど 私の胸にとても深く響きました。また、そのディヴァイン プレゼンス(聖なる存在)の中では、ネガティヴな考えは一切生じません。怒りは大幅に軽減しました。夜、私は深く安らかな眠りを体験しています。問題はまだ存在しますが、それらは遠くに感じられます。まるで第三者のように、遠くからそれらを観察しているかのようです。それらはもはや私に触れることも、私を邪魔することもありません。

過去に私を傷つけた人たちは、もはや痛みも、ジャッジも、恨みも呼び起こしません。完全な空があります。過去から引きずっているものは、何一つありません。かつて傷つけたかもしれない人々を思い出すたびに、彼らの足元にひれ伏して許しを請いたいと感じます。なぜなら、その相手もまたアンマ バガヴァンに他ならないと今気づいたからです。私はまた、ディヴァイン(聖なる存在)はどこか遠くにいらっしゃるのではないということにも気づきました。ディヴァインは信奉者のハートの中に生きていらっしゃるのです。

アンマ バガヴァンのダルシャン、プロセスやピークステイト体験のような過去の美しい体験が、私の内側で何度も何度も再生され続けています。こうした体験が繰り返されるにつれて、私の人生についての認識は変わっていきました。

例えば、2012年のマハ ディクシャの最中に、ガネーシャ神のお姿をしたディヴァイン プレゼンス(聖なる存在)の中で、絶え間なく生きるという深遠な体験をいたしました。今日の私の祈りは、「パラムジョッティ、あなたがお選びになるどんなお姿でも(いいので)いらしてください。とにかく、どうかいらしてください。」です。
以前は、ディヴァイン プレゼンスの祝福を願ったことは一度もありませんでした。それはあなた方からの私への贈り物でした。今日、深い切望をもって、その同じ祝福を今一度求めます。私はあなたのディヴァイン プレゼンスの中で常に生きたいと思っています。そして、この熱望は日を追うごとに強くなってきています。

私がようやく腑に落ちたもう一つの深遠な認識は、私は幻想であるということです。「私」は存在しません。切り離された人は存在しません。
「私」がいないとき、私の認識、私の傷、あるいは私が誰かを許すといった問題はどこにあるのでしょうか? それには何の意味もありません。私たちは単に、個別のセルフ(自己)という幻想の中に生きているに過ぎません。ここにあるあらゆるものは、唯一アンマ バガヴァンだけです。全宇宙がアンマ バガヴァンです。植物、動物、鳥、自然、そして人間など、あらゆる生きとし生けるものの中に内在しているのは唯一アンマ バガヴァンです。この身体そのものが神殿なのです。なぜなら、アンマ バガヴァンがその内側に住まわれているからです。この肉体には、他のアイデンティティ(自分が誰であるかという証明)は必要ありません。それは、単にディヴァイン(聖なる存在)がそれを通して表現なさるための神聖なカヴァチャ(鎧)にすぎないのです。この人生において、私はもう他には何も、そして誰も必要ありません。

人々が私のところに彼らのために祈ってほしいと頼みにやって来るたびに、私は彼らの恐怖、彼らの痛み、彼らの不安を感じ取ることができます。内側の奥深くで、こうしたすべてに対する解決策はただ一つ、ー ムクティ(悟り)だけだとわかっています。人がお金持ちであろうと貧乏であろうと、何の違いも生じません。ムクティこそが唯一究極の解決策なのです。それなしでは、人は真の意味で生き抜くことはできません。それゆえ、彼らに(アーナンダ)ステイト(至福の状態)を転送し、彼らに助言し、彼らを慰め、そして何とかして自分にできる限りの方法で彼らを助けたいという深い衝動が私の内側から湧き上がります。

以前は、アンマ バガヴァンがスワルナ ユガ(サティヤ ユガ:黄金時代)について語られるたびに、私はそんな世界が本当に可能だろうかと疑問に思っていました。けれども今日、自分自身の内側のこれらの変容を目の当たりにしてから、スワルナ ユガ(黄金時代)が現実のものであることを完全に確信しています。それは可能です。私の心には、何の疑いもありません。

シュリ パラムジョッティ アンマ バガヴァンが私に授けてくださいました祝福には、いかなる値段もつけることなどできません。こうしたムクティ ステイト(悟りの状態)を私に授けてくださいましたことに対し、どのようにシュリ パラムジョッティ アンマ バガヴァンに十分に感謝したらよいのかわかりません。私にできることは、ただ深い感謝の気持ちを込めて頭を下げ、彼らの聖なるおみ足に触れ、パラム カルナ(至高の慈悲)、パラムジョッティ(至高の光) シュリ アンマ バガヴァンに 私の心からの感謝の意を捧げることだけです。

また、無条件の導き、教え、そしてこの聖なる道のりにおいて私たちを前進させてくださいましたことに対し、私の心からの感謝の気持ちを、すべてのダーサたち、とりわけディヴィタ ダーサジに捧げます。シュリ パラムジョッティ アンマ バガヴァン、本当にありがとうございます。シュリ パラムジョッティ アンマ バガヴァン、心から愛しています。

バラティ ライ ジ
カルナータカ州ベンガルール

(訳者:中島)

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体験の朗読

悟りの体験(アートマ・サクシャッカーラ)

https://stand.fm/episodes/6a61e97a44a5ccb51bfbbf64

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