悟りの体験(2026.05.11)

2026年5月11日

ナマステ。
シュリ・アンマ・バガヴァン・シャラナム。

アンマ・バガヴァンが私に授けてくださった「自己実現」の状態について、皆さんと共有したいと思います。
以前は、ひどく怒りっぽかったのです。
怒ると、目の前にいる相手が誰であるかなど考えもせずに、きつい言葉を浴びせておりました。
自分の言ったことが正しいか間違っているかさえ、気づいていませんでした。その瞬間、何かを言わなければならないと感じ、自分が言ったことはすべて正しいと頑なに主張していました。
他人の間違いを指摘し、自分が正しいことを証明しようとしていました。
相手の言うことに耳を傾けようとすることもなければ、相手の状況を理解することもできませんでした。

後になって振り返ると、言葉が厳しすぎた、もっと冷静であるべきだったと感じていました。
けれども、その瞬間だけは、どうしても黙っていられなかったのです。
たとえ自分の言葉が間違っていると気づいても、他人に悪く思われるのが怖くて、自分の過ちを認めようとはしませんでした。

もめごとが起きても、和解や謝罪の第一歩を踏み出すことは決してありませんでした。
傷つけていない関係性など、ほとんどありませんでした。
心が痛み、出来事を思い返しては泣いてばかりいました。
私には誰もいないような気がしておりました。
人生において、何一つ正しいと感じられるものはありませんでした。
人生そのものが無駄だとさえ思っておりました。
他人と自分を比較すると、罪悪感に陥りました。
電話一本ですら怖くなり、何か悪いことが起きたのではないかと心配でした。
毎日が、安らぎのない、絶え間ない混乱と落ち着きのなさの中で過ぎていきました。

今では、ムクティ・モクシャのクラスに継続して参加させていただき、毎晩のプロセスに加わり、様々なダルマの活動に関わらせていただくことで、私は内面において深い変容を遂げました。
今では、誰かが怒りを込めて話しかけてきても、まずその話を注意深く聞きます。
すぐに返答はしません。
もし相手の言うことが正当で、私に非がある場合は、心から謝罪いたします。

もし時に、相手の側に過ちがある場合は、冷静に説明します。
相手がそれを受け入れようとしないなら、それは相手の状態なのだと理解いたします。
私も以前はそうだったことを思い出し、アンマ・バガヴァンの恩寵によって、相手もまた変容することをお祈りさせていただきます。
たとえ相手の言葉が傷つくものであっても、もはや心に痛みを感じることはありません。
孤独の中にいても、誰かを必要としたり、誰かを切望したりすることはありません。
何かを持っているかどうかにかかわらず、悲しみを感じることはありません。

内なる平安を感じております。
不安はなく、明晰さが広がっています。
思考の流れは著しく減りました。
内なる自分自身を観察することができるようになりました。
不必要に他人と自分を比較することもなくなりました。
今ではこう感じております。
「なぜ恐れる必要があるのでしょう?
この命は神から与えられたものです。
幸せに生き、できる限り他の人々も幸せに生きられるよう手助けすべきです。」
もう精神的に自分を傷つけることはありません。

内なる葛藤はありません。
あらゆる関係性を愛することができるようになりました。
このような深遠な変容をもたらしてくださり、至福の中で生きられるようにしてくださったシュリ・パラムジョッティ・アンマ・バガヴァンに、数え切れないほどの感謝の念を表します。


ヴィジャヤシュリージ、
タミル・ナードゥ州チェンナイ在住

(訳者:菅)

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体験の朗読

悟りの体験(アートマ・サクシャッカーラ)

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