ナマステ。シュリ・アンマ・バガヴァン・シャラナム。🙏
グジャラート州出身のプラサナ・ヴィジャイ・クマランと申します。
シュリ・アンマ・バガヴァンとの出会いは、約20年前、人生で最も混乱し、困難な時期の一つにさかのぼります。
当時は、深い精神的苦悩とうつ病に苛まれておりました。
結婚生活は完全に破綻しており、離婚の瀬戸際にまで追い込まれていたのでした。
幼い子供たちがいたため、状況はさらに辛く、複雑なものとなっておりました。
外見上は仕事も続けていましたが、内面では激しい葛藤に苛まれておりました。
離婚という決断に深く悩まされ、これからどう進めばよいのか見当もつきませんでした。
そんな時期に、私はシュリ・アンマ・バガヴァンのことを知りました。
当初はシュリ・アンマ・バガヴァンを信じることを拒んでおりました。
自らの内側に抵抗感があったのです。
しかし、その内なる葛藤のどこかで、シュリ・アンマ・バガヴァンの教えである「マハヴァキャ」――シュリ・アンマ・バガヴァンの雑誌『クルパ・ダルシャン』を通じて――が私の心を深く揺さぶりました。
「もしあなたが苦しみ、そして許すならば、私はあなたの中に宿り、あなたは私の中に宿る。そして、あなたの人間性は神性へと変わるだろう。」
私はプロセスに参加し始めました。
次第に、内に抱え続けてきた深い傷が解消され始めるのを感じました。
長年にわたって蓄積されてきた感情的な重荷が、私を縛る力を失い始めたのです。
シュリ・アンマ・バガヴァンのダルシャンは、この内なるプロセスを飛躍的に加速させました。
長年にわたり、さまざまなプロセスやダルシャンを通じて、私はさまざまな意識状態を体験するようになりました。
その後、MMYのクラスやプロセスによって、意識は大きな飛躍を遂げました。
今日でも、痛みが生じることはありますが、それはほんの一瞬のものです。その痛みは内に長く留まることはありません。
生じては、自然に消え去っていきます。
感謝の気持ちは、私にとって第二の天性となりました。
人々や状況、そして人生そのものに対して、自発的な感謝の念が湧き上がります。
時折、霊的な体験が最高潮に達すると、その状態があまりにも強烈になり、私は一時的に何もできなくなり、その体験に完全に没頭してしまいます。
今や、内には途方もない明晰さがあり、思考の中に葛藤はほとんどありません。
私は、人生に完全に「今ここ」にいる自分を感じております。
また、人々との間には、奇妙で美しいつながりを感じております:
「私は他者の中にあり、他者は私の中にあり、私たちは一つである。」
このため、他者の痛みや苦しみにますます敏感になってきました。
彼らの痛みは、もはや私とは完全に切り離されたものではなくなりました。
シュリ・アンマ・バガヴァンとのつながりも、深く体験的なものになりました。私は、彼らのご存在を、まるで人生における物理的な顕現であるかのように感じさせていただいております。
ソーマは、私にとって日常的な体験となりました。
あるプロセスの中では、ソーマがサハスラ-ラ・チャクラから入ってくるのをはっきりと体験しました。
また別の時には、ソーマが繊細で際立った芳香や香りとして現れました。
もう一つの深い変容は、「恐れ」という領域に見られました。
私の恐れは劇的に減少し、今では内にほとんど恐れが残っていないほどです。
人生には依然として困難が訪れますが、かつてのように私を押しつぶすことはなくなりました。
それらに立ち向かうことができる内なる強さと明晰さが備わっているのです。
ジャッジメント(批判、偏見、裁き)も大幅に減りました。
人や状況を絶えずジャッジする傾向は、以前とは比べ物にならないほど薄れていると感じております。
20年近く前、心を乱され、落ち込み、葛藤し、傷を抱え、家族を崩壊させそうになっていた当時の自分を振り返り、それを今日の自分の内面と照らし合わせますと、シュリ・アンマ・バガヴァンが私を導いてくださった驚くべき旅路が見えてきます。
傷つきから許しへ、
葛藤から明晰さへ、
恐れから内なる自由へ、
ジャッジメントから感受性へ、
そして分離感から、自分の中に他者を感じることへ――
これこそが、私の「アートマ・サクシャッカーラ(真我実現)」への旅路でした。
私の人生のあらゆる段階を導き、私の意識にこの変容をもたらしてくださったシュリ・アンマ・バガヴァンの蓮華の御み足に、最も深い感謝をお捧げ致します。
シュリ・アンマ・バガヴァンに、永遠の限りない敬意を込めたご挨拶と感謝を込めて。🙏
シュリ・アンマ・バガヴァン・シャラナム(安心できる拠り所、癒しの場)
(訳者:菅)
本日の写真
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体験の朗読
悟りの体験(アートマ・サクシャッカーラ)
