悟りの体験(2026.04.21)

2026年4月21日

ナマステ
最愛のシュリ・アンマ・バガヴァンの蓮のおみ足にご挨拶申し上げます!

狭い自己から普遍的な心へ:生まれ変わりの旅
人生の大半において、私は自らが作り上げた要塞の中に存在していました。私の世界は「私と私のもの」という厳格な境界線によって定義されていました。それは、自分の子供たちと自分の家庭だけを中心にした生活でした。

外の世界に対して、私は厳格で屈しない人格を見せていました。たとえ親切に接してもらっても、私は温かさを認めない重々しさで応じ、シンプルな笑顔や気軽な言葉で人と会うことができませんでした。

私は生きてはいましたが、根本的なところで繋がりを失っていました。その後、私はアンマ・バガヴァンのダルマの道に入り、かつての私の人となりが、溶け始めました。

内なる気づきの錬金術
この聖なる旅を通して、私は精神的な生まれ変わりとしか言いようのないものを経験しました。最も深遠な啓示は、私の周りの世界についてではなく、私の内側の世界についてでした。

私自身の反応的な感情の囚人であったことに気づきました。特に、あらゆる関わりを色づけていた根深い怒りです。

かつての私は、自分の平和は、他者の行動が変わることにかかっていると信じていました。今ではそれが、認識における根本的な誤りだったと理解しています。

シュリ・アンマ・バガヴァンの恩寵を通じて、私は変容をもたらす真実に気づきました。すなわち、外側の世界は、鏡に過ぎないということです。

内なる状態が、葛藤から明晰さへと変化した時、私の前にある世界も同様に変わりました。かつて私が他者に投影していた「欠点」は、単に私自身の癒されていない心の影に過ぎませんでした。

平静さの恩寵
今では、中心の定まった気づきの状態から人生を歩んでいます。以前は、ほんのわずかな動揺でも私は絶望のスパイラルに陥り、「なぜ私が?」という問いの重さに泣いて悲しんでいました。自己憐憫のそのサイクルは、静かで客観的な観察へと置き換わりました。

今では、困難が生じると、それらは耐え忍ぶものではなく、目撃されるものとなりました。困難は、山の上を通り過ぎる雲のように、来ては去ります。山は動かぬままです。

私の存在には、新たに芽生えたシンプルさがあります。今では、とても簡単に、他者の言葉や行動を受け入れることができ、もはや脆くない平安の中にしっかりと根ざしています。

境界のない心
おそらく最も美しい変化は、私の目的が広がったことです。私の子供たちへの愛は変わらずにありますが、私の心は、もはや家という壁の中に閉じ込められてはいません。

見知らぬ人のために、私たちの国の幸福のために、そして世界全体のために、集合的に祈りを捧げることに、深く湧き上がるような喜びを見出しています。

本当の自分を発見することを可能にしてくれた知恵に、深い感謝の中にいます。アンマ・バガヴァンの計り知れない恩寵を通じて、私はエゴの影から出て、他者のために生きる人生の光の中へ入りました。

私は新たな人生を始めました。内側が整えば、外側は解決するということを、真に理解するようになりました。

いつも感謝しています
シュリラタ
アーンドラ・プラデーシュ州アヴァニガッダ

(訳者:國松)

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