2025 11日間コース 体験シェア

日常と、毎日の神聖なプロセスを
往復しながら。
日常と、毎日の
神聖なプロセスを
往復しながら。

変化を体験した、11日間。

11日間コースの神聖なパドゥカ

11日間連続で受けるということ

11日間のコースが行われている間も、参加された方々の日常は、いつもと同じように続いていました。

仕事や家族との関わりの中でマインドが動き、傷つきや抵抗、比較や不安が現れる日もありました。

そして翌朝、再び神聖なプロセスへと戻っていく。

その日その日の体験と共にプロセスを受ける中で、これまで繰り返してきた反応に気づいたり、同じ出来事を以前とは違う静けさの中で受け止めたりする変化が、少しずつ日常の中に現れていきました。

ここでは、2025年度の11日間コースに参加された方々から寄せられた、その歩みの一部をご紹介します。

止まらなかった抵抗が、
喜びと感謝へ変わっていきました。

昨日、義母から言われた一言に対して、朝から抵抗するマインドの嵐を見ていました。どうにも止まりませんでした。

シャワーを浴びた後、義母への抵抗のマインドを、身体全体が訴えているように感じました。その感覚と共にいる瞬間が訪れました。

自分自身を感じていると、重たさやつらさが喜びへと変わり、涙があふれてきました。すると、内側から感謝が湧き上がってきました。

祭壇の部屋へ行き、プロセスが始まると、とても充実した感覚がありました。

朝が大の苦手な私が、午前3時15分に起き、朝食と主人のお弁当を作ってから参加できたことも、大いなる慈悲の光のお導きそのものでした。

父の退院が決まったことも、皆さまが祈ってくださっていたおかげだと思えました。自分一人で祈り続けることができなくても、周りにはディバインがたくさんいて、助けてくださっていることを実感しました。

日々の仕事も、ディバインからのインスピレーションによって与えられていたこと。そして、多くの方々が支えてくださっていたこと。

それらが自動的に思い出され、静かな感謝の中で、これまでの11日間のプロセスを振り返ることができたことが、尊く、嬉しく感じられました。

パドゥカ・ディクシャでは、エネルギーが流れ、低い振動音が身体中に響くように感じました。泣きながら、笑いながら、至福があふれる中でディクシャを受け取りました。

日を重ねるごとに、
日常の中で見えてきたこと。
日を重ねるごとに、
日常の中で
見えてきたこと。

DAY 08

いつもとは違う反応に気づきました。

朝、出勤すると、スタッフの一人が愚痴を話していました。いつもなら感じていた攻撃性のようなものが感じられず、驚きました。自分に変化があったからなのかな、と思いました。

夕方、スタッフ4人で仕事の不満について話していたときも、ニコニコしながら聞いている自分がいました。

話がエスカレートし、「もうここから離れたいな」と思ったところへお客さまが来店し、すぐにその場を離れることができました。

DAY 09 間を置くと、見えてきたもの。

比較から生まれる嫉妬や不満。そして、そうしている自分に対するジャッジ。

すぐには分かりませんでしたが、少し間を置き、落ち着いたときに気づくことができました。

穏やかに過ごせる時間が多くなっています。

DAY 10 今の状態から始める。

笑いながらアーナンダに入ることに抵抗がありました。心から求めることもできず、なぜ笑いが重要なのか、まだきちんと理解できていませんでした。

表現することへの怖れがあり、抵抗の理由を探して、いろいろと考えましたが分かりませんでした。

そのうちに、「今の状態から始めるしかない」と思いました。

今朝、テジャサジがブロックやチャージについてお話しくださり、早速アドバイスをいただけたように感じました。

DAY 11 怖れを感じながらも、祈ることができました。

数日前、セヴァについての気づきがありました。以前は、自分を犠牲にしているような感覚がありました。

でも今は、犠牲ではなく、自分のためにもなっていると思えます。先日お手伝いをしていると、ハートが温かくなりました。

その一方で、あることへの抵抗や、人からどう思われるかという怖れ、決断することへの怖れも現れました。

それらを感じながらも、祈りのときには、きちんと祈ることができました。これもまた、助けていただいたのだと思います。

深く傷ついた朝。
数時間後、同じ言葉を見ても大丈夫な自分がいました。
深く傷ついた朝。
数時間後、同じ言葉を見ても
大丈夫な自分がいました。

朝起きてメールを見ると、「もう、あなたとは友達ではありません」と書かれていて、驚き、深く傷つきました。

プロセスが終わった後も、子どもたちのお弁当を作りながら、マインドがあれこれと言い続け、その言葉を思い出しては傷ついていました。

5時間後

それから5時間ほど経った頃には、その出来事を思い出しても、もう一度メールを見ても、大丈夫な自分がいました。

アンマバガヴァン、本当にありがとうございました。

日常の中に現れた変化

大きな出来事だけではなく、ものの見え方や反応の変化も、日々の中に静かに現れていました。

猛烈な怒りがあっても、父の話を聞くことができました。

父と、仕事に対する世代間の価値観の違いから言い合いになりました。猛烈な怒りがありましたが、それを人格の一つとして目撃すると、冷静になり、父の話を聞くことができました。その後も、父に対していつもどおり接することができました。

毎日、薄皮がはがれるように。

すごい変化や出来事があったわけではありません。それでも毎日、薄皮がはがれるように、小さな気づきや軽さを感じています。

家族との会話が、以前より穏やかになりました。

体調が悪いと、この先もっと悪くなったらどうしようという怖れがありましたが、今はそれがなくなりました。息子との会話も、口論が少なくなり穏やかです。頭がマインドで忙しいと、相手を体験できない。静かなら、すっと入ってくるのだと思いました。

マインドを、通り過ぎる音のように感じました。

シャバーサナのとき、川のお話が、家の前を通る道路や、車、トラック、消防車などの音に置き換わりました。騒がしいときと静かな夜があるように、マインドも同じなのだと腑に落ちました。そして、マインドが「私のもの」ではないように感じられ、すっきりしました。

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関係性の中で見えてきたこと

身近な人との間に生まれた傷つきや反応を見つめる中で、これまでとは異なる選択ができるようになった体験も寄せられました。

内側の「一人芝居」に気づき、関係性を壊さずに済みました。

散歩をしていると、近くのお店でライブがあると声をかけられました。妻を誘うと、露骨に嫌な顔をされ、「人が多くて、ゆっくり食事ができないからいい」と断られました。

私は黙ってその場を離れましたが、頭の中では、「それなら、あなたは家で一人で食べればいい。私は一人でライブへ行く」と、激しい言葉が浮かんでいました。

なぜこのような考えが浮かぶのだろうと内側を見ると、妻と二人で食事をし、ライブを楽しむ姿を思い描いていた私が、その思いを頭から否定されたように感じ、傷ついていたのだと分かりました。

そして、気づかないまま、相手にも同じ傷と痛みを与えたいという復讐の思いが起きていたことにも気づきました。

バガヴァンが「内側を見てください」とおっしゃるのは、このような内側の一人芝居を見ることなのだと思いました。11日間のプロセスの後は、その一人芝居によく気づけるようになり、行動に移して関係性を壊さずに済みました。

長年憎しみを抱いていた夫から、愛を教えてもらいました。

11日目を迎えても、マインドは変わらず普通に働いています。けれど、先日いただいた愛がどんどん大きくなり、その愛につながると、マインドはすっと静かになります。

この11日間、家族の体調や出産をめぐる出来事が次々と重なりました。

昨日は、突然背中が痛いと言い出した夫を、長女と二人でケアしました。まさか、こんな日が来るとは思ってもみませんでした。

今では、それらの出来事は、すべて家族の絆を深めるためだったのだと、心から思えます。

そして何より、長年憎しみを抱いていた夫から、愛を教えてもらえる日が来るとは思いませんでした。出会った人も、起きた出来事も、すべて必要で、必然だったのだと感じています。

-参加者の声