ナマステ。
シュリ・アンマ・バガヴァン・シャラナム。
私は、アンマ・バガヴァンが祝福してくださった自己実現のステート(状態)を、皆さんと分かち合いたいと思います。
以前、私はものすごく怒っていました。怒りを感じるたびに、私の前にいる相手が誰であるかも考えることなしに、イライラした態度で話していました。自分が言ったことが正しいのか、間違っているのかさえ、分かっていませんでした。その瞬間に、私は話さなければならないと感じ、自分の言ったことは何であれ正しいと、かたくなに言い張っていました。他の人の間違いを指摘し、私は正しいのだということを証明しようとしていました。他の人が言っていることに耳を傾けようとはせず、彼らの状況を理解することもできませんでした。
後になって振り返ると、私はイライラした態度で言いすぎた、もっと冷静でいるべきだったと感じました。けれどもその瞬間には、どうしても静かにしていることができませんでした。たとえ自分の言葉が間違っていたと気づいたとしても、他の人から悪く思われるのではないかと恐れ、自分の過ちを認めようとはしませんでした。もし何か対立が起きても、私が先に歩み寄って仲直りをしたり、謝ったりすることは決してありませんでした。私が傷つけなかった関係性など、ほとんどありませんでした。私の心は痛み、出来事について考え続けて泣いていました。私には誰もいないように感じていました。自分の人生において、何ひとつ、うまくいっていないように感じていました。私の人生そのものが無駄だと考えていました。他の人と自分自身を比べては、罪悪感へと陥っていきました。電話がかかってくるだけでも、何か悪いことが起きたのではないかと心配になり、恐怖を感じていました。
私は、絶えず混乱と落ち着きのなさの中で生きていて、平安がありませんでした。今では、ムクティ・モクシャ・クラスに継続して参加し、夜のプロセスに参加し、さまざまなダルマの活動に携わることを通して、私は深い内側の変容を遂げました。
今では、誰かが私に怒って話しかけてきても、まず彼らの話に注意深く耳を傾けます。すぐには反応しません。もし彼らの言うことが正当であり、私に落ち度があるならば、心から謝ります。もし時に相手側に間違いがある場合は、冷静に説明します。もし相手がそれを受け入れようとしないなら、それがその人のステート(状態)なのだと理解します。私も以前は同じようであったことを思い出し、アンマ・バガヴァンの恩寵によって、その人もいつか変容するようにと祈ります。たとえ相手の言葉が傷つけるようなものであっても、もう心に痛みを感じることはありません。一人でいるときも、誰かを必要としたり、切望したりすることはありません。何かを持っていようと持っていなくても、悲しみを感じることはありません。
私は内なる平安を体験しています。不安はなく、明晰さがあります。私の思考の流れは、大幅に減少しました。自分自身を内側から観察することができています。もう不必要に、自分自身を他の人と比較することはありません。
今では、「なぜ恐れる必要があるだろうか。この命は神から与えられたものだ。私は幸せに生きるべきで、できる限り他の人々も幸せに生きられるよう手助けするべきだ。」と感じています。もう自分自身を精神的に傷つけることもありません。内側の葛藤もありません。すべての関係性を愛することができます。このような深遠な変容を与えてくださり、至福の中で生きることを可能にしてくださったことに、シュリ・パラムジョッティ・アンマ・バガヴァンに、幾千万回もの数えきれないほどの感謝を捧げます。
ヴィジャヤシュリージ
タミル・ナードゥ州 チェンナイ在住
(訳者:國松)
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体験の朗読
悟りの体験(アートマ・サクシャッカーラ)
