日曜日の朝、私は湖のほとりをのんびりと散歩しに行きました。そして、その後、静寂に包まれた自然の真っ只中で瞑想しようと腰を下ろしました。
瞑想を始めると、1匹のヘビが私の目の前で水の中を通り抜けて移動しているのに気づきました。瞬時に、本能的な肉体的恐怖が湧いてきました。目を閉じた後も、その恐怖は心理的な体験としてしばらくの間続きました。けれども、私はそれに抵抗したり抑え込んだりする代わりに、気づきにとどまり、それを観察し続けました。それはまるでマインドの中で繰り広げられる映画を見ているかのようでした。瞑想が深まるにつれて、その恐怖は徐々に自然に溶けていき、完全に消えてしまいました。
瞑想が完了すると、私はそっと目を開け、何のジャッジや解釈もなしに、あらゆるものをまさにありのままに観察し続けました。人々が私の後ろを歩いていましたが、それでも内なる対話も、雑念に乱されることも、反応したいという衝動に駆られることもありませんでした。私の意識は、自然に自分の呼吸にとどまっていました。
その神聖な瞬間、私は深遠な内なる静寂、考えのないマインド、動きが止まったかのような深い静けさ、そして平安・プレゼンス(今ここに存在している)・そして生き生きと生きているという圧倒的な感覚を体験したのです。それは、心理的なセルフ(自己)の干渉を受けることなく、現実をありのままに体験する美しい一瞥体験でした。
その日以来、私は日々の生活において、以下のようなムクティ ステイト(悟りの状態)をますます体験するようになっています。
過去の出来事を引きずらない
内なる葛藤がない
感情的なチャージがない
ジャッジがない
深い内なる静寂
気づきの観照(気づきを観照している状態)
今この瞬間に生きている
現実をありのままに体験している
エネルギーと生命力の高まり
ほとんどの場合、私は苦しみから解放された状態を味わっています。時々、他の人たちとの比較が全くないことがあります。恐怖は大幅に減少しました。思考は引き続き生じては去っていきますが、それらは完全な気づきをもって観られています。思考に流されるのではなく、ただそれらを観照しているだけです。
この体験が、平安とは何か達成されるものではなく、それは私たちの自然な状態であり、マインドが静まり、気づきが完全に今ここに存在し続けているときに現れるものだという私の理解を深めてくれました。
このかけがえのない変容をもたらす祝福を私に降り注いでくださいましたことに対し、私は心からシュリ パラムジョッティ アンマ バガヴァンに感謝しております。計り知れない感謝の気持ちを抱いて、シュリ パラムジョッティ アンマ バガヴァンの聖なる蓮華のおみ足の元におります。
スレシュ クマール K ジ
カルナータカ州ベンガルール
(訳者:中島)
本日の写真
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体験の朗読
悟りの体験(アートマ・サクシャッカーラ)
