すべてのプロセスやホーマ(火の儀式)に継続的に参加した後、私は自分の内側で展開しているこうした神聖な内なる状態を体験しています。
苦しみは確かに生じますが、もはやそこにはとどまりません。30分もたたないうち、それは軽やかな感覚を後に残し、穏やかに溶けていきます。ある瞬間から次の瞬間へと持ち越される思考は大幅に減り、次の体験を邪魔するような印象がいつまでも残ることなく、それぞれの体験がそれ自体でより完結したものとして感じられます。
内なる葛藤は消えてなくなりました。内側には静かな調和があります。比較はまだ時々生じますが、それはごくかすかなもので、私に深く影響を与えることはありません。痛みはありますが、それは容易に私の中を通り抜け、もはや重荷として蓄積されたり、持ち運ばれたりすることはありません。
かつて私の反応を支配していた感情的なチャージは 大幅に減少しました。罪悪感は時々現れますが、自分を圧倒することなく、ごくわずかな痕跡だけです。恐怖もかなり鎮まってきており、もはや私の内側のスペースをコントロールしません。
ジャッジはごくわずかになりました。マインドは もはや不必要な思考で満たされていないので、メンタルな明確さと開かれている状態があります。けれども、思考、マインド、そしてセルフという感覚との同一視は まだいくらか残っています。
これとともに、私の内側で深い不動の静けさが花開き始めています。静寂が存在しています。何の外側の理由もなく 自然に悦びが生じます。起こっているすべてのことを穏やかに目撃する状態と 私の存在全体に広がる 深い存在の感覚があります。
私はいつの間にか 現実を歪めたり抵抗したりすることなく、ますますありのままに体験するようになっています。内側にはエネルギーの自然な流れがあります。愛が存在しています。平穏は私の存在の揺るぎない背景(基盤)となっています。私はますます「今 ここ」に根ざしており、展開していくままに 一瞬一瞬を生きています。私はまた、思いやり(慈悲)はまだまだ十分に開花していないこともはっきりとわかっているので、その恩寵に対してオープンな状態のままでいます。
こうした深遠で神聖なムクティの状態を私に授けてくださいましたことに対し、私のこの上なく深い心からの溢れんばかりの感謝の気持ちを シュリ パラムジョッティ アンマ バガヴァンに捧げます。彼らの限りない恩寵に永遠に感謝して、私は完全な畏敬の念と委ねをもって 彼らの聖なる蓮華のおみ足に頭を垂れます。
ヴァムシ ジ
カルナータカ州ベンガルール
(訳者:中島)
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体験の朗読
悟りの体験(アートマ・サクシャッカーラ)
