ナマステ、 ムンバイのスジャータ・シェティと申します。
初めてアンマ・バガヴァンにお会いした時、人生は完全に停滞していました。
あらゆる方向が閉ざされているように感じられました。
自分の内側には重苦しさ、苦しみ、痛みだけがありました。
憎しみに溺れていました。
人々への憎しみ、自分自身への憎しみ、そして神への憎しみさえも。
深い恨みを抱き、自分の惨めな境遇を周囲の全ての人々のせいにしていました。
昼夜を問わず、一つの疑問が私を苦しめました。
「なぜ私なのか?」なぜ人生は私だけをこれほどの苦しみに見舞うのか?
この燃えるような疑問は怒りをさらに深めるばかりでした。
当時、特別な支援を必要とする息子サウラヴは絶え間ない介護を必要とし、同時に夫は深刻な経済的損失に見舞われていました。
まるで全世界、神様までもが私を敵視しているかのように、窒息し、無力感に苛まれ、見捨てられた気持ちでした。
ですが、その最も暗い時に、アンマ・バガヴァンが手を差し伸べてくださいました。
その神聖な慈悲によって、初めてのプロセスに参加するよう導かれたのです。
そのたった一度のプロセスが、私の存在の基盤を変容させてくださいました。
神に対する誤った、苦痛に満ちた認識は打ち砕かれ、その代わりに生き生きとした、愛に満ちた繋がりが生まれました。
それはまるで帰郷のようでした。
長く行方知れずだった両親を突然見つけた孤児のように。
初めて、神は遠く離れた罰を与える存在ではなく、限りない愛で私を抱きしめる母と父だと感じさせていただきました。
あの神聖な瞬間に、長年の無気力状態を経て、私の心に喜びが花開いたのでした。
それ以来、様々なプロセスやプログラムに参加し続ける中で、深い変容が次第に現れ始めました。
人生の状況に対する受容力が育まれ、かつて私を苦しめた葛藤や優柔不断さが解消され始めました。
徐々に自分自身に心地の良さを感じるようになり、ありのままの自分と和解していったのです。
ご奉仕(セヴァ)を重ねさせていただくにつれ、アンマ・バガヴァンとの絆は深まり、人生に注がれる恩寵も増していきました。
かつて不可能と思われた経済状況も改善し始めました。
アンマ・バガヴァンの恩寵により、私たちはあらゆる損失から回復しました。
ホテル事業を失った夫は、ムンバイの一等地で最も評判の高いホテルの一つを経営するに至ったのです。
しかし人生は私に深い試練も与えました。
最愛の息子がこの世を去った時の痛みは言葉に尽くせません。
それでもまたしても、アンマ・バガヴァンの無限の恩寵、ダーサたちの慈愛に満ちた支え、そして仲間の信者たちの温かい抱擁があったからこそ、私は耐え、癒され、前に進むことができました。
それ以来も、旅は絶え間ない内なる開花を続けています。
人生の試練の真っ只中であっても、痛みは生じても、今やそれと共に受容が訪れます。
苦しみに伴い、何が起ころうとも、必ずやアンマ・バガヴァンが導いてくださるという揺るぎない信頼が存在するのです。
今日、より深い気づきのなかで生きております。
感情が湧き上がり、また静まっていくのを、ただ目撃しています。
もはや感情から逃げたり、感情に溺れたりすることはありません。
ただそれを見つめ、そのすべてを通して私を抱きしめてくださるアンマ・バガヴァンの慈愛を見ます。
今、真の安心は外の世界からではなく、アンマ・バガヴァンと結ばれた生きた絆からもたらされるのです。
確かに、時には私の状態は揺らぎます。恐れや疑いが戻ってくることもあります。
けれども、そんな時でさえ、完全に気づきを保ったまま、アンマ・バガヴァンが常に共にいてくださるという確信の中に安らいでおります。
一歩一歩、彼らは私を平安と受容と自由へと導いてくださっているのです。
合掌し、感謝で満ち溢れた心をもって、最愛のアンマ・バガヴァンに頭を垂れます。
(訳者:菅)
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悟りの体験(アートマ・サクシャッカーラ)
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